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Miura P400 or P400 S Yellow Anson   

睫毛だ。ちょっと誇張しすぎな感はあるが。
ライト回りの睫毛があると言う事はSVでない事は間違い無いのだがP400なのかP400Sなのかは、はっきりしない。
リアのエンブレムに「S」の文字が無いので、とりあえずP400と言う事で紹介を進める。
ワイパーなどを見ると京商、オートアートに比べ雑な感じだ。
製品化されたのは、かなり前だろう。正面から見てボディは水平なのにタイヤの高さが違うのはシャシーに歪みがあるせいだろう。
1/18では京商、オートアートが共にSVは製品化しているがSは多分、このアンソンだけじゃないかと思う。


 

大まあまあのサイドビューだがフロント、リアの各カウルの下面の分割は実際にはあり得ないのだが技術的な限界と言う事だろう。
因みに京商、オートアートはこの部分は一体化されている。



大排気量の4リッターV12エンジンを横置きにしたミッドシップレイアウト2シーターの先駆的存在
デザインはベルトーネ社、チーフデザイナーはマルチェロ・ガンディーニだが前任のジウジアーロの影響がまったく無かったとは考えられない。
1966年から1973年までに約750台が生産された。
主にパワートレーンの変更により

P400     最高出力 350ps/5100rpm 最大トルク 37.5kgm/5100rpm 車両重量  980kg
P400S   最高出力 370ps/7700rpm 最大トルク 39.0kgm/5500rpm 車両重量 1040kg
P400SV 最高出力 385ps/7850rpm 最大トルク 40.7kgm/5750rpm 車両重量 1245kg
と大別される。
同一シリーズ生産中でも改良は欠かさず行われた様である。

メーカー公称では最高速度300km/hとなっているが
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より参照した内容で
ミウラSで278km/hを計測したのはアウトストラーダ・デル・ソーレだったが、空力リフトのため、前輪のグリップはほとんどゼロになり、「それはかなり恐ろしい経験だった」 
と言うポール・フレールの記述があり、この高速時のフロントリフトはイオタまでついてまわった様である。

フロントカウルとドアのラインがズレている。シャシーの歪みが原因

すべて全開にするとそれなりの見栄え

エンジンもそれなりに再現されている。

物凄いかたちのドアミラー

テールパイプはちょっとねぇ

<ランボルギーニ社>

1962年トラクター製造及び販売で得た巨万の財をもとにフェルッチオ・ランボルギーニはそれまで趣味として親しんでいた高性能スポーツカーの製造会社を設立した。
よく言われる逸話としては自分が所有していたフェラーリのクラッチの故障修理に際しクレームをつけた時、エンツォ・フェラーリから
「あなたはフェラーリに乗る資格は無い、トラクターにでも乗っていろ」と言われ怒り心頭に発し、それなら理想の車を自分で作ってやろうじゃないかとなったとの事だ。
ただ、一時の感情にまかせてと言うよりは故障したフェラーリのパーツが自社のトラクターに使われているのと同じもので価格が10倍以上する事を知り高性能スポーツカーは利益が見込めると言う経営者的判断が背景にあったようだ。
トラクター事業を成功させた際に発揮された優秀なメカニックと言う能力も事業成功への自信の裏付けとなったようだ。

それにしてもイタリアの自動車業界は個性的な人たちが多かったんだね。



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